What makes a pro

By Taj Mihelich (Ride BMX US)

What makes a [ pro ] ? ~「プロ」の資格とは?~

プロフェッショナル : 形容詞 1.生計を立てる、または何かを得るため、以下の職業につく事。:職業俳優 2.継続的に契約を交わし、興味を持ってその仕事を職業とすること:プロゴルファー 3.生計を立てる、何かを得るために何かを引き受ける、契約を交わすこと。:プロ野球 4.生業として仕事を作り出す人。等。特に、芸術や、スポーツでアマチュアを楽しませたり、惹きつけるような人。

 僕は、「プロフェッショナル」である、ということは、むしろ¥マーク(金)より、ライダー自身の心のありよう、技術、他人がそのライダーに見い出す技術に、大きく関係すると信じている。何千というライダーが、いくばくかの金を稼ぐようになり、何人かはライディングで生計を立てている。日常に、BMXが溶け込んでいる生活をしているライダーは、バックフリップのデモンストレーションをするために国中を走り回ったり、自分を「プロフェショナルフリースタイラー」と呼ぶライダーにはさほど高い関心は抱いていない。辞書からすれば、そういったライダーたちはプロフェッショナルライダー、ということになるが、僕から見ると、それは「ビジネスマン」だ。とてつもなくデカイ違いがある。

 具体的な例を挙げてみよう。デイブ ヤングの場合。Kinkに乗る前、彼はライディングに対して、いくらか報酬を貰った。「報酬」は賃金とか、一定の収入ではないけれども、「Nowhere Fast」を見た後、真剣にBMXに打ち込んでいるライダーなら、デイブをアマチュアライダーと思うような奴はいないんじゃないだろうか。ライダーの視点からすると、平凡なバックフリップや、ボックスジャンプで大失敗をするようなライダーと比べて、よっぽど「本物のプロ」だ。だが机上の論理では、むしろ「プロの放浪者」ってことになってしまう。時々コーヒーショップで働いて、稼ぐためで無く、楽しみのために乗っていることで。今まで出たビデオの中でも最高レベルのライディングを、彼は(No where fastの中で)見せてくれたが、生活出来るほどの金は稼げていない。(少なくともBMXの世界の中では。)僕は、凄いライディングシーンを時々ビデオに撮って貰うだけで、ただ凄いライダーでいるだけで、すぐにでも大金を稼げる生活が出来るようになる、と考えるのが楽しい。(ちょうどスケートボードのように。)

 ただBMX産業の現状からすると、それを実現するまでに長い時間がかかるだろう、と言わなければならないのは悲しいが。BMX産業は、テレビや、メジャーな、主流の雑誌が紹介するような、一般向け市場に留まっていることで、衰退しているように思える。それが常識としてまかり通っている限り、BMXが「ブーム」である限り、テレビがマウンテンボードや、そういったインラインの車輪をくっつけたようなバカげたスクーターを、次の流行として取り上げた時、全て水泡に帰してしまう。
大手のBMXメーカーは、直接、内側から直接サポートしていくことで、大きな利益を上げられる。BMXの外側からでなく。

 テレビにBMXが映ることが少なくなって行った時、(以前もあったような。)そういった大企業はハードコアなライダーからの信頼、支持は少なく、それゆえ利益も減り、結果、彼らは大事な車と大金をはたいた家を維持するために、別の金のなる木に移って行くだろう。

 他のみんなと同じように、僕もBMXをスケートボードと比べられるのは嫌いだ。だが、彼らの成功した過程から得るものは多い。個人的に言わせてもらうと、今までを振り返って見て、BMXの世界に「ビジネスマン」が多すぎた。例外は、スケーターが自ら起こした会社だ。今でこそ、ライダーが作ったBMXの会社は多くなったが、悲しいかな、まだこの産業に長く留まるだけの力は持っていない。この世界に、凄いライダーが多いのには驚かされるが、その中で生活を立てることが出来ているのは、ほんの一握りの者だけだ。

 スケートボードの世界では、ジェイミー トーマスは裏切り者とも、一山当てたとも思われていない。彼はコンテストには出ずに、ひたすらスケートをし、時に写真を撮って貰って、それに加え、彼は凄いスケーターだ。コンテストの順位や、どれだけテレビに映ったかなんて、彼の名声にはこれっぽっちも影響していていない。ただ凄いスケーターということだけだ。ESPNのショーに出る事もなく、彼のスポンサーはいったいどうやって、利益を上げているのだろうか?信頼、そのライダーを支持する心、それがスケートボードを支えているのだ。決して彼らの財布ではない。

 もし僕の言うことがよくわからないならば、ケビン ジョーンズとチェイス ゴーインを例にとろう。彼らの目指しているものが金や、ひと儲けすることに向かない限り、彼らが自らの信条を持ちつづけ、それを守り続けているならば、彼らに大金を払うものなど誰もいない。残念ながら、BMXライダーは彼らが望まないことを要求され、拒めば金にはならなくなる。結果、彼らは金とは無縁の道を選び、日の当たらない場所に消えてゆく。BMXを裏切る事と、金を稼ぐことには何の関係も無い。ただ自分のモラルを犠牲にするかどうかだ。ケビンとチェイスがプロレベルのライダーかどうかなんて、議論する奴はいない。殆んどのライダーがやっていることは、ケビンとチェイスがもう何年も前にやってしまったことだ。コンテストに勝っているライダーが金を稼いでいる。(それでもフラットランダーは大金を稼げるわけではないが。)なぜならテレビに映るからだ。僕は金を払っている会社が、バーライドとバックワーズバックパッカーの違いを分かって彼らに「職業として」金を払っているのかはなはだ疑問だ。僕は誰かをこき下ろそうとしているわけではない。自転車に乗っているライダーはみんな尊敬しているが、ライダーの「プロフェッショナル」に対する認識と企業の「プロフェッショナル」に対する認識は全く異なっている。企業の人間とライダーの見解が一致するまで、我々のスポーツの中で、苦い思いをする者が減ることはないだろう。

 財政面から見ると、かろうじて10人ほどのライダーが成功している。たった10人!彼らを責めるつもりはないが、何百人ものライダーがそれぞれの分野で活躍しているのに、彼らは飢えている。じゃあたった10人のプロライダーしかいない?そんなことはありえない。

 「Nowhere Fast」を撮影している間、あるライダーのスポンサー(ここでは名前を挙げるのを控えるが)が、コンテストが近づいているのに、なんで彼をビデオに取り上げる必要があるのか、と知りたがった。はぁ。多分、たくさんのライダーがビデオを見て、誰もが驚くだろう。一方で、何千人もの子供がテレビを見るのは確かだろう。その中の2,3人くらいは、彼らの製品に興味を持つかもしれない。でも彼らはたった1台の自転車を買うだけだ。みんなが買うようなビデオを支持していると、アピールすることで、本物のライダーたちが彼らの製品に注目するかもしれない。長い年月にわたる誠実さが、よい結果につながる。僕はビジネスマンではないし、その1人になりたいとも思わないが、即席の結果より、誠実さの方が何倍も重要だ。

 僕にとってはライダーはライダーだ。プロライダーとは、コンテストだろうが、普通の道路にいようが、同じBMXに関わっている者から、尊敬されるライダーだ。BMX界の中で、もう少し平等にお金が行き渡るまで、卓越したプロ、アマチュアにとっては苦難の時が続くだろう。辞書通りの意味からすると、我々の世界では多くのプロがアマチュアになってしまう。同じような筋書きは、他のもっと職業として確立されたスポーツには見られない。簡単な解決策はない。それが見つかる頃には、お金も無くなり、家が抵当に入れられることになっているだろう。そう、行こうと思えばいつだって、移動用ボックスジャンプを作って、大事な車にくくりつけて、バックフリップのデモに出かけられるけどね。

プロが意味するもの・・・Taj Mihelich

 僕の中での「プロ」という意味は、長い間にわたって変化して来ている。僕が子供の頃、BMX雑誌が言っている事に疑いを持つことは無かった。当時は、今ほど沢山のビデオも無かったし、出ているビデオでさえも全部見れるという事は無かった。プロは全てを手に入れていると思っていた。最高の自転車、タダでいろんな所に行ける・・・彼らは凄いトリックをなんでも出来て、雑誌に載るのが当たり前だと。かつて、「プロ」とはとにかく世界で最高のものだった。

 何年かが過ぎて、「プロ」とはとにかくクレイジー、ということを意味するようになった。昔のコンテストは凄まじかった。たった5人の男たちがプロとして存在していた。デイブ ミラ、マット ホフマン、ジェイ ミロン、デニス マッコイ、そしてロブ ノーリー。凄い奴らだった。彼らの繰り出す技はどれも大きく、クレイジーだった。それこそ彼らが疲れて動けなくなるまで、狂気じみたトリックが繰り出されることを期待できた。当時は、コンテストとは、誰が彼ら自身を一番痛めつけるかをジャッジするだけの様に思えて、彼らは雲の上の存在だった。ちょうどその頃、僕はプロに転向したが、恐ろしくてたまらなかった。彼らは僕にとって重圧以外の何ものでもなかった。どうやったら彼らと同じ土俵で戦えるってんだ?それ以上に、彼らのほとんどがバートライダーだった。僕はどちらかというとダートジャンパーだった。どうやったら上手くやれるかなんて分からなかった。最初のプロコンテストでいい成績を残した時は、信じられなかった。とにかく幸せで、最高の気分だった。僕が子供のころ思い描いていたほど、甘美なものではなかったけれど。(その頃僕はまだ、月曜の朝は働きに出なければならなかった。)とにかく、信じられない気分だった。今でさえ、その事が信じられない。

 その後、僕にとって、「プロ」とは疲れることを意味するようになった。一年の内、8ヶ月を旅に費やして、その頃は、長くても1週間と同じ場所にとどまることなしに,7ヶ月もの間、ぶっ続けで遠征に出ていた。終わる事のないコンテスト、ホテル、ショーを往復するだけの生活に僕は疲れきっていた。確かに世界中を回ることが出来て、十分な金も稼いでいたけれど、何かを楽しむ時間を、ほとんど持つことが出来なかった。それは幾分か、僕のライディングにも影響していた。目をつぶっていても出来るような「ショー」トリックは出来たけれども、長い間、自分の好きなように乗る事から遠ざかっていた。遠征で少し自由時間が出来ても、とにかく一人になって寝たいとしか思わなかった。僕は楽しみのために、新しいトリックを学ぶ事と、コケることに飢えていた。もしかしたら少しペースを落とせば良かっただけかもしれないけれど、与えられる機会を全てこなし切ることは、とにかく出来なかった。“タジ、ドイツに行かないかい?その後は、家に帰る代わりに、スイスにも行ける。次はここへ行って、あれをやって・・・”それは素晴らしかったし、そういった経験が出来たことには感謝している。でもそれのおかげで、ちょっとでも個人的に自転車に関わっている時が、一番ライディングが楽しめるってことがハッキリした。

 今日、「プロ」を定義することは難しい。僕は長い間プロとしてやっているから、もうこれ以上「プロとはなにか?」って昔より真剣に考えることはないだろう。他の人のモノサシからしたら、長いうちに入らないかもしれないが、僕はプロとして6年間やっている。1つ確かなことは、僕がプロに転向したころ、「プロ」とはコンテストで、エントリーしているクラスで決まっていた。今ではそれも少し変わったようだ。ブライアン カスティロ、デイブ パリック、Luc-E、ポール ブキャナン、そしてマイク タグはプロと呼ばれるに相応しいプロだ。例え彼らがもう大会には出ないとしても。何を持ってして、正確に彼らをプロと定義するのかは、本当は定かでない。多分、彼らが到達しているライディングのレベルに関係するのだろう。彼らがやっていること自体に特別な何かが、卓越したライダーにさせている何かがあるように思われる。個人的には、プロとは「自由」という意味にたどり着く。ある程度は、参加したいイベントを選んだり、行ったりできるように思う。それでもっと楽しむ事が出来る。時々ローカルのトレールで乗っているだけでも幸せだけれど、必要に迫られれば、僕はまだ大きな大会や、遠くに旅をする事が出来る。そういう状態にいられることで、より楽しめる。プロとしての責任も感じている。多かれ少なかれ、僕はこのスポーツの方向性を左右するライダーの一員である、と感じている。子供の頃、雑誌を読んだり、プロのマネをしていた頃を考えていると、それを意識する。プロは一般のライダーや、他のプロの未来を決める存在のように感じる。もちろんライディングそれ自体の方向性もあるだろうが、他にも(ある意味、少なくとも)雑誌に対する態度も含まれている。もしプロがみんなレーサーみたくモトクロス用のジャージを着るようになったら、雑誌の中では、このスポーツの印象は全く違ったものになってしまう。更には、プロがパンクロッカーみたく、髪の毛をツンツンに立てて、タトゥーを入れてたりしたら、また物事は全然違った方向に行ってしまう。

 極端に言えば、森の中での友達とのトレールライディングは、いつまでも変ることはないだろう。内部の政治的な事や、テレビでの出来事からは、永遠に無縁の存在だ。ライディングはいつでもライディングのままだ。まだ、プロでいる事は素晴らしいと思えるし、助けるとまでは行かないものの、BMXを正しいものに保とう、努力しなければ、と感じることで、僕は多くの夢を叶えてさせてもらった。

色々な種類のプロ Dennis McCoy

僕らがウェブスター大辞典(有名な英語の辞典。日本でいうところの広辞苑みたいな。)の「プロ」という定義を受け入れるなら、何千というプロが存在する事になるだろう。でもそれじゃだめなのだろうか?85年、僕はアマチュアクラスで戦っている時でも金を稼いでいた。だけど、アイス マネーはBSコンテストのプロクラスに出場したけれど、奴が今までの間にライディングで稼げた金は、フィラデルフィア美術館の中で拾った財布に入っていた金だけだった。明らかに判断がつきにくいグレーの領域がある。この記事を依頼された時に、プロとは自分にとって本当はなんなのか、と色々と視点を変え、頭を絞った。正直言って、満足な結論を出せていない。ボンヤリしたイメージすら見えていないという結論に達した僕は、誰かに意見する資格なんてない。だからそういう考えを発展させたり、モラルについて述べる代わりに、もうちょっと議題を拡大解釈して、これまでに目にしたプロたちの生き様を、僕なりに頑張って紹介する事に決めた。

ジャンピング ジョー・・・TV Pro

 いや、ジョーはX-Gamesのゴールドメダリストなんかじゃない。彼は80年代初頭のテレビシリーズ、「信じられない!”That’s incredible”」で活躍した、デンバー出身のオールドスクールライダーだ。彼は一連のバス飛び越えとかをやって、当時、フリースタイルライディングでまぁまぁの暮らしを立てていた。

84年の夏、デンバーでストリートライディングが出来るというので、僕と弟、それと友達の3人でボロいモーテルに何晩か泊るため、ABAナショナルから帰って来ていた。最初の晩、あるオフィスビルを通り過ぎようとすると、大勢の人の前で、2人のフラットランドライダーがデモをやっているのが目に止まった。観客は、自分らの名前を書いた番号札を持って、シャツも一緒に持っているようだ。その2人とは、紛れも無くジャンピング ジョー ヘンドリックスと、マーク セナの相棒に似たエディ フィオーラだった。僕は彼らのトリックに興奮したけれど、おかしな事に、彼らも長―い坂をコーストウイリー(マニュアル)で下る、カンサス出身、チビの17歳(僕のこと)に感心していたようだった。この出来事は僕にとって、ある意味人生の転機となった。僕がこの目で見て来てきたプロといえるライダーたちは、ABAのポイントを追っかけるようなマネはしていなかった。僕はまさにポイントを追いかけるだけで、レースをやることにもうほとんど燃え尽きていた。で、次の週に僕は、レースと決別するべく、タイアをスタジアムタイアに履き替え、フロントブレーキをつけたのだった。

ローカル プロ・・・ヒューゴ ゴンザレス

85年、AFAファイナルでの10フィートチャンネルをアリウープ540°で越えていくヒューゴをを、僕は目撃した。もしそのクォーターパイプが8フィート以上だったなら、たぶん着地に成功していただろう。彼は、ボウルから飛び出して、チェーンフェンスに乗っかったり、片手を離してのエアーで、木の枝を掴んだりすることを、満面の笑顔を絶やすことなく決めるような、「度胸」が据わった創造者だった。ヒューゴのライディングを見た時のリアクションは、クソを漏らすか、死ぬほど笑うか、または両方だ。ヒューゴは最高だ。

反抗のプロ・・・ロニー アンダーソン

AAプロとABAタイトルはさておき、ロニーはショッピングカートをやすやすと飛び越えた。彼は何年も前に、(当時はみんなが着ていた)ユニフォームはマヌケだと思っていた。または、ジーンズを履き替える時にモーターホームの間に行って、マリファナを吸うのに忙しかったのかもしれない。彼はかつて、スタートゲートが落ちる前に、何度もゲートに突っ込んでいくことから、他のプロを怒らせていた。中には激怒して殴りかかる奴もいた。

価値があるものは全部搾り取れ プロ・・・フレッド ブロード

才能を重さで表したら、1オンスの才能で、フレッド ブロードより金を搾り出した奴を僕は知らない。ただでさえ、貧弱なライディング技術が、更にかすむくらい口が達者な奴だった。フレッドはジェネラル自転車を説得することで、稼ぎのいいプロになれた。唯一すごかった、といえることは、奴の18番(そして誰もやらない)スタンドスティル(ペダルに乗ったまま、足をつかずその場に止まること。)から、ボディバリアルをしようとする、「渦巻きチョコレート」(渦をまいたウンコのこと?)だけだ。僕の知っている限りでは、誰も決まったところを見た事がないが。でも古きよき時代のAFAでのジャムでは、笑いをとれて、バーライドで上手く草むらに突っ込むことでいい稼ぎを得ていた。結局、彼の元ローラースケートチャンピオンという肩書きが、プロフェッショナルライダーとしての地位を支えていたようだ。その理屈が今通るなら、何人ものこざっぱりした12歳のインラインスケーターたちが、スポンサーにダダこねるよ。

ありのままのプロ・・・ブライアン ブライザー

ブライアンのコンテスト当日は、決まっていつも、モーニングコールから1時間過ぎてから起きるところから始まった。ロン ウィルカーソンに何度も「昨日の晩、シャワーを浴びたよ。出番になったら教えてくれ。」言った後、他のみんながバンで待っている間、シャワー室に入っきり30分も出てこない。それからデニーズに言って、エッグ ベネディクトとチョコレートシェイクで腹を満たし、練習中はほとんど座ったまんまで、コンテストに勝って、夕食を食べにまたデニーズに戻って、長―いシャワーを浴びて、寝床についた。キング オブ バートチャンピオンの生活は重労働だった。

平常心のプロ・・・デイブ ミラ、トレバー マイヤー

今日、コンテストは間違いなく、プロフェッショナルライディングの中心と言うべき活動となっている。ほとんど同じ運動能力を持った、数多くの才能あふれるライダーがひしめいている。いいライダーと偉大なライダーを分けているものは、更にその上に、何があるかだ。強固な精神力なしに、デイブやトレバーのように勝ちつづけることは出来ない。

プラス10%のプロ。・・・マット ホフマン

 1987年、コンドルがLoftmeisterと知られるようになった頃、僕らは「Say No To Drugs」キャンペーンでツアーを一緒に回っていた。フィラデルフィアでのデモの前の日、ショーが行われる、下り坂になっている駐車場に、ヤバそうなクォーターパイプが置いてあった。リック モリターノと僕はこのクソランプに慣れようとしたけれど、コケないように数フィート飛び上がるのが精一杯だった。

 リックと僕がショーをボイコットしようかと話していたその時、マットが狂ったようにランプに飛び込んで行って、それが初めてのトライなのに、メチャクチャにキマったキャンキャンルックバックを8フィートもの高さで決めて行った。ランプはひっくり返りそうになったけれど、マットは着地をきれいに決めて、黙々と飛びつづけた。最初、今日はマットの調子がいいんだ、と思ったけれど、でもそれはこのツアーの目的を考えれば、まったく筋が通っていなかった。僕はわかってきた。それが奴の性格なんだ、全てを賭けるか、それとも全く気にしないか。僕はそれ以来彼を尊敬している。でもそれには欠点もある。偶然彼がキミをデモの為に雇ったとしたら、雨が降ったら延期だ、なんて期待しないほうがいい。彼がデッキの上に、靴を乾かすための火を起している間、鉄板の張ってあるバートランプを拭かされるだろうから。

 「プロ」になりたい、と熱望する裏には、数え切れないほど、さまざまな理由があるだろう。コンテスト、金、ヒーローとしての名声・・・僕にとって、それはチーズだった。そうあれは、1984年の夏、ジャンピング ジョーとタコベルで食事をした時のことだった。ジョーはブリトーをチーズ大盛で注文した。僕もチーズに目が無いが、財布がそんな大きな投資を許してくれなかった。ジョーの車からして、彼が大金を稼いでいたのは明らかだったが、彼のトレイに大盛分のチーズが乗っけられるのを横目で見つつ、ふと僕は思った。自分に言い聞かせた。「ジョーが稼いでいるくらい僕も稼げるようになったら、チーズ大盛を食うもの全部に、毎回注文してやる!」と。15年間、自転車に乗っていて、いい暮らしが出来るようになったが、皮肉にも、チーズ大盛に関しては財布のヒモが堅いままだ。チョロッとチェダーチーズを多めに乗っけて貰うのに25セントも払うのは、経済的に無駄だって。

コンテストとメディアへの露出。・・・Robbie Morales

プロって何かって?いい質問だ。変化の激しい現在のBMXについてそれを語るのは難しい。いったい何をもってして、プロと呼ばれるのか?コンテストの順位もその1つだろう、だが唯一の基準ではないことは明らかだ。プロでいるためには、プロらしく行動する事が求められる。コンテストでいい順位を残せるように、お決まりのトリックを練習するライダーがいる。悪くとらないで欲しいが、それも凄いことだが、プロでいるためにはもっと違う何かが必要なんだ。プロであるためには、1つに固執してはならない。それから、どんなプロもそのスポーツの代表、大使であるべきだ。それゆえプロは、それぞれが全力を傾けて、そのスポーツへの情熱を見せるべきだ。

 凄いライディングと、前向きな姿勢を子供たちに見せることで、このスポーツは成長するだろう。それはみんなのためでもある。このスポーツをよく熟成させることによって、コンテストにおけるプロ、またはそれ以外でも、雑誌に多くとりあげられるようなカリスマプロが、もしかしたらその両方を兼ね備えたライダーが現れるのではないだろうか。それに、僕らは多くの才能溢れるライダーたちを見落としているのも事実だ。彼らはコンテストでの順位より、スタイルに賭けているライダーたちだ。僕らが勝手に枠を決めてしまったら、ボールと棒切れのスポーツと一緒、あるいはそれ以下、体操みたくなる可能性がある。コーチがキミのランで、あれしろ、これしろって言う場面を想像できる?誰かが決めたランをしなきゃならないような。そうなるとは思わない。僕らはそれから逃れるために乗り始めたんだ。

 そう、それと、コンテストのためや、トリックに偏りがちなライディングが、もっと生活に密着した、創造的なものに戻って欲しい。でも周りから勝手に決め付けられる事も増えて、僕らがやっていることを楽しむことも、どんどん難しくなってきている。ライダーはスポンサーされているライダーたちに疑問を持ち始めている。本当の意味でのプロなのかどうか。ネガティブになるのは簡単だから、凄くストレスがたまる。今すぐやめなきゃならない。ライダーである以上、僕らにはBMX、という絆があるんだ。それぞれのライダーがどんなに個性的であっても。プロであろうが、初心者であろうが、「尊敬」がお互いの垣根をなくす。

最近僕はスケートボードやサーフィンと言ったスポーツに興味を持ち始めている。大きな理由として、コンテストに出場する者がしっかり存在している一方、本当にそのスポーツを愛し、根っこの部分を守って行くことに自らを捧げているような、競技という枠だけに当てはまらないタイプの者も大勢、共存しているからだ。どちらのタイプであっても、企業から同等の尊敬を受けている。
 
BMXの世界では、X-Gamesに毎年顔をださない限り、本当の意味でのプロフェッショナルレベルのライダーとは認められていない。こんなことはあっちゃいけない。BMXの世界で僕が尊敬するのは、いつでも子供のために時間を割き、たくさん乗って、このスポーツの代表たる行動をする、それが僕の中での本当のプロフェッショナルだ。