塩田順久インタビュー 「BMXのプロライダーとは……。」

2002年、雑誌BMXFREEDOMが創刊され、それまでより多くのBMXフラットランドライダーが全国各地に誕生した。今では日本の競技レベルは世界一とも言われるようになったのだが、今でも“BMXを職業としている”ライダーはほんの一握り。スキルを身につけた彼らがBMXと共に歩むためには、これからどこに向かえばいいのだろうか? その答えの糸口をつかむべく、元プロライダー塩田順久にインタビューを敢行した。

texts&photos●Ryuta IWASAKI

塩田順久 Yorihisa SHIOTA
1985年4月15日生まれ。三重県鈴鹿市在住のフラットランドライダー。高校2年の頃にたまたま通りがかった公園でBMXと出会う。2009年にエキスパートクラスでシリーズ2位となりプロクラスに昇格。20010、2011年はプロライダーとして活動。現在はBMXを続けながら、DJとしても活動するサラリーマン。

初めてKOG(日本最高峰のBMXフラットランドの大会)を見たとき、そして初めて出たときの印象は?

初めて見たKOGが初めて出たKOGでした。どこを見ても僕より上手い人たちばかりで緊張したのを覚えています。その場の雰囲気に完全に飲まれてしまい、確かノービスクラス(初級クラス)で15位くらい。全然ダメでしたね……。でも、ライディングが終わった後、いろいろな人に「うまいね」とか「どこの人?」って興味を持たれたのがすごくうれしかった。

「注目されている」って勘違いしたし、憧れの舞台に立てたことに興奮したし、絶対また出ようって思いました。そして次はいちばん上だ!って、思いは出るたびに強くなりましたね。プロクラスのライダーはみんなBMX一本で生活しているだろうと思っていて、プロにあこがれていました。

それで、プロライダーを目指そうと思ったってこと?

それはもう少し後のことですね。高校を卒業して仕事を始めると、思うようにBMXに乗れなくなった事にすごく苦痛を感じました。でもその年の春のKOGでノービスクラスで4位だったにも関わらず、いくつかのメーカーからスポンサードを受けました。

その頃(2005年)、大会で知り合った友達から「プロを目指して乗っている」という話を聞いて、僕も頑張ってみようと思いました。その半年後くらいに当時やっていた仕事を辞めてプロを目指すことを決めました。なかなかな大企業だったから、親は悲しんだと思うなぁー。笑

これからの人生において、とにかくプロクラスに上がればなにかが始まる気がしていたし、なにかを始めるにせよプロという資格は必要だと思っていました。

プロライダーになると決めて活動をして、なったのはいつ? その前、その後で考えたことは?

それからKOGのエキスパートクラスに計7回出場。2009年、22歳の冬に行なわれた最終戦で、年間ランキング2位になってプロクラスに昇格しました。

そのときはとにかくうれしかったです。お祝いのメールや電話が100件以上あったり、地元の友達がパーティーしてくれたり……。プロクラスに上がった事はもちろんだけど、本当にたくさんの人たちが関わっていくれたんだなぁってことが実感できてすごく嬉しかったです。初めて夢を叶えた感じでした。

でも、それ以上に不安がわき上がってきました。「プロとしてやっていくための技術レベルを僕は持っているのか? プロになったはいいけどこれから先はどう生活する? このままアルバイト生活で大丈夫なのか?」と。 年齢的に若くなかったことで、多くの不安が生まれました。

その後2年間(2009~2010年)はプロライダーとして大会に出場したけど、自分ライディングのレベルアップはできた?

ライディングのレベルアップはあまり出来なかったと思います。プロに上がったとき、今の自分のライディングスタイルを進化させてもそのレベルじゃ絶対に通用しないと思いました。進化じゃなく変化が必要でした。そのとき、すでに新しいスタイルのイメージは出来ていて、あとは乗り込んで作るだけ。

でも、コンテストに出続けるためには、今持っている技のメイク率を維持しながら新しい技を作らなくてはいけないと実感して、それがなかなか上手く行かずに結構ネガティブになってしまいました。

プロライダーとして生きていくために、ライディング以外ではどういう活動をしたの?

プロとして生活するためには、お金が必要。自分を売り込むための資料を作って、役所や企業、商業施設などをまわり、ショーをさせてもらいました。思っていたよりは稼げたと思いますが、ライダーだけ生活して行く自信がなかったので仕事は続けていました。

ショーをすること以外にライダーとして稼ぐための手段はなかった?

そのころ僕が考える範囲ではなかったです。BMXを通じてたくさんの他業種、他業界の人とのつながりが出来て、ラジオなどのメディアに出演しました。またタレント事務所の社長と繋がり、ショーの仕事をしたりしていました。漠然とですがこのまま活動を続ければどこかへの道は見つかるかなぁ?って期待しながら動いていました。

でも、どうしてプロライダーとして生きていくことをあきらめたの?

ある先輩に、「プロライダーがライディングを頑張る」という発言はおかしいと言われました。それは当たり前のことで、それ以外の方法で業界のために動けと言われたのを今でも覚えています。それはショーや、スクールみたいに誰でも出来るような事だけではなくて、もっともっと考えて動かなきゃいけないんだって思いました。

それを聞いたときにすごく納得できたと同時に、僕はなにもしていないことに気づきました。そして、そんな僕がKOGのプロを名乗ることが、ほかのプロ選手たちに対して失礼なのでは?と思い始めました。

その頃たまたま知り合った同い年のプロサッカー選手と仲良くなったんですけど、お互いのことを話しているうちに、自分のBMXとの向き合い方ではアスリートとしては足りない部分だらけだと痛感しました。

そして、彼から紹介してもらったいろいろな人(起業家など)と出会い、プロとして好きな事で生活して行くために、自分を売り込む事、お金を動かす事など勉強をさせてもらった。「さぁやるぞ」ってタイミングだったんですけど、そういう事を考えだしたのが23、24歳のとき。進むも戻るもどちらに動くにもギリギリな年齢のときで、僕には挑戦する自信がなかった……。

お金がすべてではないけど、お金を動かす力がないとプロとしての生活はもちろん、業界に貢献する活動も不可能だと思った。そしてなにより、自分の将来をマネジメント出来ていないと先はないって思った。

これからプロを目指す若手ライダーに、伝えたいことはある?

めちゃくちゃたくさんありますよ。ひさびさにKOGに出て、最近ではたまにだけどイベントにも参加させてもらっています。いろんな若いライダーを見て思うのは、単純に皆うまいです! 僕なんかより全然!

でも、そこから先KOGでプロになりたいならまずは自分を持つ事。技、動き、キャラとか。トップまで上りつめる人とそうでない人の違いはそれだと思います。それにいつ気づけるか?が大事だと思います。

これはチャリだけじゃなく、生きて行くうえでも同じだと思います。なにかで上を目指すなら、練習は大事だけど考える事も大事です。

それからBMXやっている人だけじゃなく、色んな分野で活躍している人と話して下さい。僕もそうだったんだけど、BMXをやっていて上を見ている若い子って、とにかく自分がうまくなりたい一心で毎日乗って、そればっかりに集中しちゃう。だから他の事が考えられないし、他の業界の人たちと出会うきっかけがなかなかない。そういう場にも行かないだろうから視野が狭くなって行くと思います。

せっかくBMXっていう人を引きつけるツールがあって、それに本気で向き合っているのだから、BMXをうまく使って人脈を広げて欲しいなって思います。

これは若い子にとかじゃなく、生きて行く上ですごく大事な事だと思います。もちろん僕も生きて行く上で気をつけている部分です。

最後に一言お願いします。

今新しいライディングスタイルがイメージ出来ているから、それを形にしたいと思っています。プロライダーという世界に関心は持てなくなってしまったけど、BMXが好きなのは変わりませんから。もちろんKOGにも出場したいです。

それから今回のインタビューで偉そうな?ことを言っていて、乗ってもない! 上手くもない!のに、若い子にアドバイスするのもたち悪いと思うから、周りの若い子たちには負けないように頑張って乗って、「あー、やっぱあの人元プロなんだなぁ」って納得させるライダーでいたいです。